舎主の経歴&会社時代の文章&etc.
●会社時代の文章・1 ●会社時代の文章・2

●我が青春の小畑学校 ●第8回FNSドキュメンタリー大賞 ●週刊アキタ「サイドミラー」

●雑誌「現代農業」に掲載された舎主の記事

南方の島・パプアニューギニアに出征し、帰らぬ人となった歌手・上原敏…
彼の生涯を辿りながら、戦後55年の日本を検証する渾身のドキュメンタリー!!

第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『ジャングルの鎮魂歌 〜上原敏と戦後〜』 (制作 秋田テレビ)

<9月26日(火)深夜26:10〜27:05放送>

 「上原敏という歌手を知ってますか?」と質問して「知ってる」と答えられる人はそう多くないだろう。もし「知っている」と答えられたとしても、「彼のヒット曲は?」という質問に答えられる人は、ほとんどいないのではないだろうか?
 上原敏は、秋田県大館市出身の歌手だ。昭和11年に27歳の時にデビューしたが、18年に召集され、翌19年に南方の島ニューギニアで戦病死した。享年36歳だった。同世代の郷里の先輩に、東海林太郎がおり、秋田県内でも東海林太郎は知っていても上原敏を知る人はそう多くない。
 「当然、私も上原敏のことを知っていますし、彼のヒット曲『妻恋道中』や『流転』は知っています。『流転』は懐かしの日活アクションスター・赤木圭一郎がカバーシングルで歌っているということも知っていたんですが、私よりも4才年下の、しかも秋田県とは縁のないある男が上原敏の殆んど“すべて”を知っていることに気づいた時にはとても驚きました」と語るのは秋田テレビの根田昌治プロデューサー(56)

 その男とは、今から10年ほど前、当時40代だった根田プロデューサーが秋田テレビ東京支社に勤務していた頃に、発足直後の岩手めんこいテレビの東京支社に勤務していた矢野信雄氏だ。矢野氏は、父親の影響で小学生時代に上原敏の歌と出会い、以後“上原フリーク、上原オタッキー”と化したのだと話す。矢野氏と根田は、当然上原の話で盛り上がり、根田は、矢野氏が個人的に作成した「上原敏の一生」的テープをほぼ強制的に聞かされることになった。
 矢野氏から上原については様々な知識を得た根田は「戦後55年でもあるミレニアムの年に、ぜひ上原敏を取材してみようと考えたんです」と取材を始めた動機について話している。ちなみに取材を始めるにあたっては、当然、矢野氏の後押しがあったことは言うまでもない。
 9月26日深夜26:10〜27:05放送の第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『ジャングルの鎮魂歌 〜上原敏と戦後〜』(制作 秋田テレビ)は、歌手・上原敏を知る妻・澄子さんや歌手仲間、それにニューギニアの戦争体験者の証言をもとに上原の人生を辿りながら、55年の戦後を検証する。

 毎年、桜の季節になると秋田県大館市の花見の名所「桂城公園」には上原敏の歌声が響き渡る。「大館上原敏の会」が、特設ステージで歌謡ショーを開催するのだ。ステージ横には、昭和51年に建立された「上原 敏 顕彰碑」もある。
 上原敏、本名・松本力治は、明治41年大館市で生まれた。幼少の頃から音楽の才能に恵まれるが、歌手になったのは専修大学を卒業後、社会人として製薬会社に勤務した後のことである。
 上原は会社で野球部に所属していたが、その活動を通してレコード会社の野球部と親しくなった。そして、そのレコード会社の野球部に郷里の先輩がいて、当時の売れっ子作詞家兼ディレクターの藤田まさと氏を紹介してもらったのだ。既にスター歌手の座を得ていた東海林太郎と同郷の上原の才能に目をつけた藤田さんらによって、上原は「妻恋道中」「流転」「裏町人生」と連続ヒットを飛ばす。
 この頃、日本は軍事拡大路線を歩み、歌謡界もまた軍事色が濃くなっていった。上原もヒット曲「上海だより」という曲の中で戦時歌謡を歌い、中国など慰問旅行に出かける。しかし、戦況が悪化し、とうとう昭和18年に上原にも召集令状が届き、出征することになった。
 南方を転戦する上原の部隊は昭和19年、東部ニューギニアに上陸したが、米豪連合軍の攻撃を受けてジャングルに敗走、そこで力尽きて倒れてしまう。享年36歳。わずか7年間の歌手生活だった。

 上原の妻・澄子さんは、現在栃木県宇都宮市で長男と一緒に生活をしている。パプアニューギニアには、「東京上原敏の会」と共に過去4回慰霊旅行をしたが、最後の旅行からすでに15年が経過している。
 「東京上原敏の会」は、戦後55年という節目と澄子さんの83歳という年齢を考え、5回目の戦地慰霊を計画する。中心人物は、上原さんの遺族と家族ぐるみの付き合いをしていた岩手県盛岡市の矢野信雄氏。矢野氏の呼びかけに、かって上原とコンビを組んで歌った青葉笙子さんや福岡の会員らも応じ、8月6日から1週間のパプアニューギニア旅行が実現した。
 15年ぶりのパプアニューギニアは美しい海の広がる南海の楽園であったが、各地に戦争の痕跡が残っていた。特に旧日本軍飛行場跡には、旧日本軍の軽爆撃機がほぼ原形を保ったまま残っており、戦争の傷跡が生々しい。
 一行は戦地跡を回りながら、上原が上陸した海岸や、逃走したジャングルで慰霊祭を行うことに…。

 9月26日深夜26:10〜27:05の第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『ジャングルの鎮魂歌 〜上原敏と戦後〜』(制作 秋田テレビ)にご期待下さい!!


<番組タイトル> 第9回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『ジャングルの鎮魂歌 〜上原敏と戦後〜』
<放送日時> 9月26日 深夜26:10〜27:05
<スタッフ> プロデューサー : 根田昌治
ディレクター : 京野仁彦
ナレーション : 塩田耕一
撮    影 : 保坂 実、木川 聡(AMS)
音    効 : 加藤彦次郎(秋田音響)
協    力 : 矢野信雄(MIT)
<制 作> 秋田テレビ

2000年9月18日発行「パブペパNo.00-298」 フジテレビ広報部


〒019-1933 秋田県大仙市南外字滝ノ沢49 NPO農楽舎
   電話・FAX/0187-74-2200 携帯/080-1814-3764 メール/sk-nhogakusha@nifty.com
<当サイトに掲載されている文章、写真のすべてに正当な著作権が存在します。無断転載、無断改変等類似行為は禁止させていただきます。>