「生きる希望と勇気」の章
1、狭き門を通って幸福に至れ
数日前に、ご夫婦の訪問を受けました。3年前相談を受けた、元経営者のご夫婦でした。倒産の土壇場で「逃げないこと」をアドバイスした記憶があります。会社の清算と個人の免責が確定し、後始末が終わっていました。
経営者はサラリーマンに、奥さんもパートで働いています。
自宅も親戚に買って貰い、家賃を払って、そのまま住んでいるとのことでした。
家族関係に起こった別の悩みを奥さんが話されました。
2時間の相談が終えそうになって、私は聞きました。
「今回の相談と3年前の相談ではどちらが大変ですか」
主人の答えが帰って来ました。
「倒産の時の相談に較べたら、小さな相談になります」と。
倒産戦争を克服すると、次の災難が軽く感じられます。
辛い体験が、新しい困難を克服する「糧」になったのです。どんな体験も、人生にとって無駄になる体験はありません。狭き門を通って得た克服体験ほど、こころの深部まで染み渡り、人生の大きな喜びになることでしょう。
哀しみの谷底が深ければ、深いほど、這い上がれた山の幸福感も大きなものになるでしょう。人間の喜びと哀しみは、「ウラ」「オモテ」の関係。
狭き門を通って得た幸福は、金銭では換算できません。体験者だけのこころの残る不滅の金字塔になります。

2、失ったものよりも、残ったものを数える
過ぎ去った過去は戻ってきません。失った自宅も会社も戻ってはきません。
社員や親戚や友人も去っていくでしょう。再起の道は新しい人生を組み立てる以外にありません。昨日までの栄光の人生はすべて過去の夢の中。
悲嘆の谷底で、失ったものを数えるよりも、残ったものを数えてみましょう。
当時の3年ビジネス日記(2001・2・8)に
「失ったもの」
社長業、自宅、会社、事業、社員、預金、株券、信用、友人、忙しさ。
「残ったもの」
家族の愛、深い友情、自分、時間、ヒマ
と書かれていました。
倒産で失ったものは何か、残ったものは何か、を必死で数えていました。
要するに、形のある「もの」を失って、形のない無形の「もの」が残ったのです。
それなら、無形の残った「もの」を組み合わせて、これからの人生を組み立てましょうか。
「自分」と「ヒマ」を組み合わせたらどうなるでしょう。
「ヒマ」な内にいっぱい本を読んでやろうかとか。
無料の講演会を聞きにいくとか。
「自分」と「時間」を利用して資格を取って仕舞うとか。
金が無くてもやれることは沢山ありますよ!
「家族」と「時間」を組み合わせて「家族団欒」の機会を増やしましょう。
破産して間もない時に、ひとりの社長から一冊の本をプレゼントされました。
ナポレオン・ヒル著「思考は現実化する」という本でした。
「自分」と「ヒマ」を活用して熟読したら、次の一節に出会いました。
「悲しみは、それを建設的な行動や人格への形成に転用すれば巨大で積極的な力となってくれる。悲しみが力を失えば悪魔が代わりにやってくる」
まずは、有るものの「自分のこころ」に「生きる勇気」を立ち上げましょう。
悲しみを「バネ」にスタートしましょう。
こころに「アキラメ」の悪魔が忍び込む前に。

3、差し押さえを免れた知的財産の有効活用
倒産から1年以上も経った8年前の5月のこと。
倒産の後遺症がなかなか抜けません。心に重い残滓を引きずっています。
友人の仕事を手伝うようになり、県南部の市に向かう車中の会話です。
友人社長に、思わず愚痴りました。
「倒産でみんな持っていかれた。何もなくなった。23年もかけて貯めたものを全部なくした」と。
「ノコッタモノアルべシャ」(残ったものがあるだろう)
と友人の朴訥な答えが返ってきました。
「何残ったべ」
「アダマ、ノコッタべシャ」(頭が残ったろう)
「?」
「銀行も税務署も、アダマ、サシオサエ、デキニェモンナ」(銀行も税務署も頭の差し押さえが出来ないもんな)
「ハァ?」
「ノゴッタアダマツカエバエベシャ」(通訳不能)
「アッ!」
友人の名前は、石の勘左衛門といいます。イガグリ頭の丸顔で、野仏のような風貌です。勘左衛門(通称)は、銀行も税務署もお前の頭には、根抵当権を設定出来なかった、アダマ(知的財産)だけは差し押さえを免れた、差し押さえを免れた知的財産に磨きをかけて、もう一度出直せ、と言うのです。
確かに、頭に抵当権は設定されませんでした。気がつきませんでした。
「類は友を呼ぶ」。変人には変人の友人がいるものですね!
車の中で、腹をかかえて笑い転げました。
石の勘左衛門も一度倒産してから、立ち上がってきました。
さすが、体験者の言葉には「コク」と「華」があります。
春うららかな日で、渓流沿いに、春霞のように山桜が咲いていました。

4、希望の旗を遠くに立てよう
人生再起の「希望の旗」を遥か遠くに立ち上げましょう。
希望の旗は、今から未来に向けたイメージのポールです。
3年後、5年後、10年後の新しい人生をイメージして遥か遠くの希望にポールを立てましょう。己のこころの中だけに、へんぽんと翻る「希望の旗」を。
夜布団にもぐり込んでから、眠りに付くまでのひと時に、脳の中に希望のポールをイメージしてみませんか。生きる勇気が湧いてきますよ。
風に吹かれながら、山また山を乗り越えて山頂を目指す登山者にように。
人生の山野をゆっくりと前進するようなイメージで。
「悲嘆の闇」から遥か遠くに翻る「希望の旗」を目指して一歩踏み出しましょう。
嘆いてばかりでは、せっかくの人生が、もったいない。もったいない。
自分をもっと信じて。自分をもっと大切にして。自分の足で前進です。

5、失敗したら再起までの期間を計算しよう
どんな失敗でも、小さなことは小さいなりに、大きな失敗は大きいなりに、回復するまでの期間を計算する習慣をつけましょう。例えば、ケガをしたら10日で治す、この判断間違いは1ヶ月で修正する、失業したら3ヶ月で再就職する、自己破産したら1年間で立ち上がる、離婚の後遺症を3年で癒す、というように。
倒産の時に、私は再起までの残された人生を計算しました。
倒産は、58歳の誕生日の直前でした。
10年かけて再起する、と期間を計算しました。
10年かけても年齢は68歳に過ぎません。まだ再起まで充分に間に合う。
失敗や挫折も、長い人生から見るといっときの期間に過ぎません。
意思決定を10年間に決めると、次のような心理が働きました。
1年目は過去の思い出に引きずられて、前に進めませんでした。
2年目が終わっても、マダ精神状態は不安定です。でも、もう8年もある。焦ることは無いと思いました。3年目も心は不安定です。しかし、まだ再起まで7年もある。4年目も5年目も、まだまだ、時間は存分にあるという気持ちでした。6年目頃で、やる気が回復して、気持ちが前向きの自分に戻っていました。どんな大変な体験も回復まで10年はかからないことを知りました。
失敗の程度に応じて、再起までの期間を設定してみたらどうでしょう。
ダメージが大きければ、大きいほど、3年、5年、10年と遥か遠方に再起の期間を設定するのです。時間の経過とともに、悩みが解決され、過去に遠のいてゆくのを傍観するのも、楽しいものです。

6、財産の回復よりも信用の回復を
会社を失った経営者は、必死に這い上がろうとします。
倒産前の会社が大きい経営者ほど、能力に自信がありますから、もう一度会社を興して挑戦してきます。
しかし、倒産直後に会社を興した経営者で成功する人はほとんどいません。
倒産で失ったものが「何か」に気がついていないからです。
大概の経営者が倒産で財産を失った、と思っています。
しかし、よく考えて見てください。
倒産で経営者が失ったものは何でしょう。
事業経営にとって一番大切なものは何でしょう。
それは「お客様の信用」です。倒産で失った最大の損失は信用を失ったことです。経営にとって最も大切な「お客様の信用」を。信用のない会社からは「お客様」は商品を買う筈がありません。金融機関も取引業者も相手にしてくれないでしょう。
まずは、財産の回復よりも、失った信用の回復を優先させるべきでしょう。時間をかけて、ひたすら、個人の信用回復に努めましょう。
倒産しても、すぐに事業を始めないこと。個人の信用回復を優先させること。個人的な信用を回復しさえすれば、何時からでも事業をスタートすることが出来ます。その方が会社再生の近道になるでしょう。優先順位を間違えないように。

7、挫折力
人生の生き方には幾つもの選択肢があるようです。
挑戦して成功する人生。
失敗するかも知れないけれども、挑戦する人生。
挑戦はしたくないが、成功を期待する人生。
挑戦もしないし、失敗もしない人生等。
どの人生の選択肢を選びますか?
一番目の人生をおくれたら、それは素晴らしい人生になるでしょう。
しかし、そういう人生をおくる人は、万人に一人の稀な存在でしょう。
私だったら、迷うことなく2番目の人生を選択します。
「失敗するかも知れないけれども、挑戦する人生」を。
挑戦には失敗がつきものです。失敗はこころと体にズシーンと響きます。自分の不甲斐なさに泣きたくなりますが、苦渋と悔悟の反省からは、動物的な「挫折力」が身につきます。そして挫折から這い上がる為のノウハウも蓄積します。
「挑戦はしないが成功を期待する人生」は、たまたま成功しても長続きしません。
「挑戦もしないし失敗もしない人生」は、夢も、生き甲斐も無い人生でしょう。
失敗を知らない人生など、不毛な砂漠の砂粒を食むような味気のない人生です。
他人の失敗に対する思いやりのこころも醸成されません。
失敗を怖がることはありません。
若い時から挫折を繰り返して体験的「挫折力」を養いましょう。

8、こころは幸せの預金箱
こころは一体どんな形状なのでしょうか。
人間のこころが何処にあるか知りませんが、倒産でこころが崩壊しました。
それからは、こころには形があると思うようになりました。
形のないものは崩壊しませんから。
こころは宇宙に繋がる無限雄大な形状だと思ったり、伸縮無碍のダムにようにイメージしたりします。
とりあえず、こころの形を小型のダムのようにイメージしてみましょうか。
こころのダムを幸せで満杯にするにはどうすればいいでしょう。
落ち込みを少なくして、一日を快適に過ごすための方法です。
価値観を変えて日常の風景を観察すると、小さな幸せはどこにも転がっています。雲を染めて朝日が昇ってきたら、それで今日は幸せ。散歩の途中に道端のススキの穂が揺れていたら、ほんのりと幸せ。近くの小川を鴨の親子仲良く泳いでいたら、ほのぼのと幸せ。足元から真白の鶴が飛翔したら、これ以上の幸せがないほどハッピーな一日です。
大きな幸せは少ないかも知れませんが、小さな幸せは路傍に幾らでもこぼれています。小さな幸せを見つけて、こころのダムにコインを投げ込むように預金をしましょう。幸せは自分のこころの中にある。他人が軽蔑しようが、侮蔑しようが、自分で幸福だと思えれば、その人は、それで幸せなのです。
それでも、友人と諍いをしたり、上司と喧嘩して、幸福感をもてない日は、耐性を養う一日になったと考えて、クヨクヨしないで寝てしまおう。
初夏の風にそよぐ川辺の柳のように・・・・・・・。
「気に入らぬ風もあろうに柳かな」

9、一燈を掲げて暗夜をゆく
幕末の儒学者、佐藤一斎に「言志四録」という箴言録があります。
佐藤一斎は、徳川幕府の藩校、昌平黌の塾長です。「言志四録」この箴言録は、明治維新に活動した西郷隆盛や勝海舟、坂本竜馬などに精神的支柱を与えました。特に、西郷隆盛は「言志四録」に心酔し、沖永良部島に遠島された時も「言志四録」を携えていました。「言志四録」から抜き出した101条の「手抄言志録」を胸中に納めて、江戸城明け渡しの談判に臨んだと言われています。
「一燈を掲げて暗夜をゆく。暗夜を憂うること勿れ。只一燈を頼め」という言葉が「言誌四録」にあります。人生の暗夜に踏み込んだら、闇の深さを心配するな。目の前の提灯の明かりだけを頼りに進みなさい、ということです。
現代のように、不況や世相が不安な時こそ、脚下照顧で前に進むことは大切なことでしょう。
この箴言に接した時、八方塞がりの暗闇の一角に明かりが灯りました。珠玉の言葉を持つことは、人生を生き抜くための活力源になります。

10、散歩の効用
朝の散歩をお勧めします。散歩はこころと体に意外な程の効用をもたらします。コンクリートの道を歩くよりは、田圃の畦や堤防沿いの小道などを歩くのがいいでしょう。足の裏が地面の凹凸を感じるように。
思考が行き詰っている時は、周囲の景色や空を見ながら、ゆったりと歩いていると解決点が閃いたりします。倒産の翌年の3月の始めであったでしょうか、野草がほころんでいる堤防を歩いていました。対岸の竹やぶが残雪でたわんでいました。円形の綿帽子のような雪片の重みで、枝の先端が地面に触れそうです。何気なく対岸から見ていたら、温度が上がったからでしょうか、枝の先端から「雪の綿帽子」が滑り落ちました。笹薮はざわざわと反対側に揺れ動き、数回の左右動の後に、すっきりと天に向かって立ち上がったのです。こころが圧迫されて、たわんでいた時だけに、春を待つ自然の生命力にこころが和んだのです。
うつ病や挫折でこころが沈んだら、動物のように自然に還っていきましょう。小鳥の声や森の木漏れ日、小川のせせらぎは人間が本来持っている回復力でゆるやかに元に戻してくれます。散歩にはお金もかかりません。健康管理とこころの管理に、元手要らずの散歩をお勧めします。
コメント
「生きる希望と勇気」の文章はここまでで、終えることにします。短期間に書き上げましたので、書き残したメッセージもあります。再読の上、追加して、簡潔な文章に纏めたいと思っています。30章の文章は、相談者の生きるいのちの逞しさと私の倒産体験から得たノウハウです。
人生はあざなえる縄のようなもので、幸福と不幸、成功と失敗、苦悩と躍動は一本のあざなえる縄にように、未来に向かってクルクルと回転しています。成功だけの人生もなければ、失敗だけの人生もありません。本章の一節でも、悩んでいる人のこころの奥底に届いてくれることを願って、緊急「「生きる希望と勇気」を終了させて戴きます。


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